最近、私が関わっているお母さんから、
「子どもがフリースクールに行きだしました」と報告してくれることが増えてきています。
嬉しい限りです。
ただ、多くのお母さんや先生もそうですが、フリースクールというものがあまりわかっていない方も結構おられます。
フリースクールは日本では奥地圭子さんが
1985年に東京シューレを立ち上げたのが日本で最初だと言われています。
ちなみに、世界的に見ると
1921年にイギリスのサマーヒルスクールが最古のフリースクールです。
それくらい昔から学校教育になじめない子がいたということです。
なので、世界的に見て100年以上、日本でも30年以上、フリースクールがあるということなのですが、いまだにどういうところか、どういう形で使えばいいのかが分かっていない人が多いのが実情です。
そのため、無理やりフリースクールに子どもを入れた結果、却って子どもの状態が悪化してしまい、ひきこもり化してしまう子も少なくありません。
今回の記事では、フリースクールはどんなところか、学校とはどう違うのかについて書いてみたいと思います。
フリースクールと学校の違い
まず、フリースクールと学校に違いですが、法律的な意味合いで全く違います。
まず、学校は学校教育法に規定された1条校を指します。
学校教育法(昭和22年法律第26号)第1条、「第1章 総則」で以下のように書かれています。
第一条 この法律で、学校とは、幼稚園、小学校、中学校、義務教育学校、高等学校、中等教育学校、特別支援学校、大学及び高等専門学校とする。
とあり、1条に相当する学校が「1条校」と呼ばれます。
小学校・中学校は1条校に当たります。
そのため、学校というのは学校教育法に基づいて、指導や教職員の基準など細かく定められています。
最近は「不登校特例校」という、1条校で定めるところの教育課程にとらわれない学校も設立されるようになりました。
まあ、ここでは学校=学校教育法に沿って運営されている教育機関と捉えていただければOKです。
一方で、フリースクールは学校教育法に沿っていないというのが特徴です。
そのため、あくまでも子どものペースを尊重した関わりができ、地域や子どもの特性に応じて柔軟に対応できます。
ちなみに、基本フリースクールは民間での運営になります。
そのため、学校の場合は設立・運営に一定の条件がありますが、フリースクールは例えば保護者が立ち上げるケースもあります。
また週に1回どこかの会議室を借りて運営するという形でもOKですし、何をするかは特に決まってはいません。
一人が好きな子に特化したところ、人間関係を作ることに特化したことろ、地域社会に根付いたところ、いろんな経験をすることに特化したところなど、多岐にわたります。
その分、国の援助が得られにくいので、運営資金が集まらなかったり、スタッフはボランティアが多いなど、学校と比べて維持する、スタッフの生計を立てるのが困難なところも多いようです。
ちなみに、補助金を獲得して何とか利用料を安くしようと奮闘しているフリースクールも多々あります。
フリースクールってどんなところ?
では、フリースクールってどんなところかというと、なかなか表現が難しいです。
実際にフリースクールに行って「スタッフが何もせず、かえって不安になった」と仰っているお母さんもおられます。
フリースクールによっては、子どもを何もしないまま一日過ごしたり、ゲームや漫画を読んでばかりで、親が「本当にこれでいいのか?」と思ってしまうというのは良くあることです。
ただ、子どもの変化を見ていくうちに、「あ、この子には今この環境があっている」と思うことも多々あります。
フリースクールによっては、しっかりとカリキュラムを決めて、1日授業やイベントをみっちりと入れるところもありますが、そこに行って疲れ切って1週間動けなくなる子もいます。
そういう子の場合は、少人数の「何もせずゆったり過ごせる」フリースクールが合っていることが多いです。
要はその子に合った取り組みをしているということです。
ちなみに、フリースクールの基本姿勢ですが、「子どもが自分で何をするかを決めて、それをスタッフが応援することで、子どもの生きる力を伸ばしていく」ということです。
フリースクールの学びの基本的な考え方
これは学校とは大きな違いで、学校は「国や学校が決めたカリキュラムに沿って学んでいく」というスタンスです。
要はトップダウン、上からの指示に子どもが従うことで学んでいくというのが学校のスタイル。
これが合っている子もたくさんいますが、不登校になる子はこのスタイルは合っていないことが多いのです。
合わない中で頑張った結果、3つのモウを起こして不登校になります。
合わない職場で頑張りすぎた結果、うつ病になるのと同じメカニズムです。
そのため、フリースクールでは子どもの自己決定権を尊重したカリキュラムを提供していることが多いです。
上から決められたことに従った学びが合わないからこそ、子ども自身が自分で選んで学びを尊重していくスタイルを提供しています。
学校教育になじんだ大人から見れば、「え?それでいいの?甘すぎない?」と思われるでしょう。
しかし、これは「しんどいときは心と体を整えた方が次頑張りやすい」ということを学ぶということにつながります。
これって生きていく上でとても大事なスキルですよね。
無理して自分が壊れてまで頑張り続けることを学ぶよりも、自分のペースを知って上手に付き合って生きていく方法を学ぶということでもあります。
学校ではそれを許しにくいルールがあり、つい子どもたちは「休むのは甘えなんだ」と思うようになります。
しかし、そうした子が大人になってからなかなか休めないために、心の病気となってしまい、働けなくなってしまったケースは多いです。
潰れるまで無理をすることが合っている人もいますが、その生き方が合わない人はまずは自分らしいペースをつかんで生きていく方法を見つけていくことが生きていく力につながっていくのです。
基本は子どもが話し合ってルールを決める
あと、フリースクールの特徴として、子ども同士で話し合って決めて行くということがあります。
例えば、
- 来週何をするか、
- 〇〇のイベントでどんなことをするか、
- ××という問題をどう考えていくか、
- △△はダメじゃないのなか、
そうしたことを子どもたちはミーティングを通して決めて行きます。
もちろん、進行役は子どもがやります。
その中で子ども同士で意見を出し合い、そして子どもたちが決めて行きます。
その時、大人は見守るだけです。
もし、後になって決まったことに不満がある場合は、その都度ミーティングを開くというスタンスを取ります。
この子どもミーティングの方式を取り入れているフリースクールは結構多いです。
先ほどもお話したように、不登校の子どもたちは学校の上からの押さえつけの指導には合っていません。
それは個性の強さや感受性もあるのですが、「決まっているから」決まらないといけないルールや規則に抵抗感があるのです。
その理由として、不登校の子の場合、感性や感受性、個性が豊かだからだと考えています。
子どもミーティングの大切さを思い出すエピソード
一昔前に放送されていた中学生日記というNHKのドラマをご存じでしょうか?
今でも印象的なエピソードがあります。
「水筒を持ってきてはいけない」というルールに対して、なぜダメなのかと先生に聞いたら「校則にあるからだ」と言われ、そういう疑問を持った生徒に対してさらに叱責する場面がありました。
でもその子も学校の理不尽さに負けてはいません。
その後の生徒会の会議にて「水筒を持ってくるのをOKにはできないか?」と伝えると、そこで子どもたちが動き出し、最終的には「水筒はOK」と校則を変えるまでになったという話です。
この放送を見たのは25年以上前で今でもふと思い出すお話です。
もし、学校も子どもたちの先生も誰もこの子の気持ちを受け止めてくれなかったとしたら、この子は不登校になったかもしれません。
しかし、周りがその子の気持ちを理解してくれたことで逆に学校が大きく変わりました。
この話から、大人が決めるのではなく、子ども同士の議論が生み出すものの大切さを感じています。
まとめ
日本のフリースクールは、不登校の子どもたちを受け入れる受け皿として作られてきました。
しかも30年近くの歴史があるので、不登校の子どもたちがどうすれば生きる力を育めるかに特化した取り組みをされています。
注意したいことは、「学校に戻す」ではなく、「生きる力を伸ばしていく」というのがフリースクールの特徴だということです。
その目的に対して、不登校の子どもたちの特性を踏まえてサポートを続けているのです。
ただ、こうした取り組みがなかなか理解されていないのも事実です。
その理由は、「なぜ不登校が起こるのか」という本当の原因が理解できていないためだと考えています。
そして、お父さん、お母さんの中では不登校がなぜ起こるのかわらないし、フリースクールの学びがなぜ必要なのかが見えてこないから、「ただ、遊ばせているだけ」「何もしていない」と思ってしまい、かえって敷居が高くなっているのではないかと思います。
この辺りは私ももっと声を大にして伝えていかないといけないと思いました。
次回は、フリースクールに行かせるタイミング、どういう子が合っているのかについてお話をさせていただきます。
ここまで読んでいただいてありがとうございました。
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